「2000年代における公共職業能力開発政策の展開と課題」『大原社会問題研究所雑誌』644号(2012年)

  • 筒井美紀「なぜジョブ・カード制度に着目するのか―特集にあたって」
  • 堀有喜衣「公共職業訓練とジョブ・カード政策―制度の特徴と意義および2010年度までの進捗状況」
  • 櫻井純理「中小企業の教育訓練と雇用管理に対するジョブ・カード制度の影響―導入企業・受講生に対する調査で得られた知見と考察」
  • 筒井美紀「「事業仕分け」とその後のジョブ・カード制度―公共職業訓練制度のゆくえ」

この特集の目的は、以下の通り(筒井氏「なぜジョブ・カード制度に着目するのか」より)。

ジョブ・カード制度(JC制度)は,従来の公共職業訓練とどう異なり,どう新しいのか。その効果は何か。その困難は,地域・現場レベルではどこにあるのか。本研究はこれらの問いを,2009年11月から2011年7月にかけて断続的にN県で行ってきた,(旧)雇用・能力開発機構,N県筆頭商工会議所,県下の活用企業20数社(訓練提供企業を含む)の聴き取り調査(一部は追跡調査を実施)を中心に,また,政府文書や統計資料なども用いて明らかにする。

この特集では、筆者らが丹念に行ってきた聞き取り調査のデータをもちいて、ジョブ・カード制度についての詳しい記述がなされている。

当然のことだけど、雇用政策は、日本の労働市場や企業の現状、特徴、課題を捉えて、今ある企業を支えていくものでなくてはならない。また、ある政策の効果は、それが企業や労働市場に何をもたらしたか、という現場の視点から評価されなければならない。これは当然だと思うけど、なかなかできない。このことは、筒井氏がジョブ・カード制度をめぐる授業仕分けの「迷走」から明らかにしている。

筒井氏の結論は明確である。

事業仕分けは,JC制度の矮小化された理解を全国に広げ,JC制度推進をめぐる肝心な点にはアドレスしていない。

もっと言えば、事業仕分けによって、

第1,JC制度を単なるカードだと見なす理解が広められた。
第2,JC制度の低い予算執行率の原因にメスが入らず,表層的な官僚制批判にとどまった。
第3,企業への公的資金投入イコール求職者・労働者の軽視というイメージが醸成された。
第4,雇用調整助成金は聖域とされ,企業内訓練システム構築・運用へのインセンティブ構造は歪んだままである。

ジョブ・カード制度をめぐる「迷走」は、日本の雇用政策の「迷走」を表していると思う。

さっきも述べたけど、今ある企業を支えること、これが大事だと思う。

ジョブ・カード制度は、事業主が行う職業訓練、なかでもOJTを助成対象にするという職業能力開発促進法の改正によって後押しされた(堀論文)。
ジョブ・カード制度は、それまで介入できなかった、そして特に中小企業のなかでは曖昧なままで可視化されなかった企業の人材育成のあり方にまで踏み込むということ。しかし、「踏み込む」といっても、外から、理念だけを押しつけるわけにはいかない。企業の現状と課題を考慮して、政策は考えられ、実行に移されなければならない。

櫻井氏は以下のように述べる。

たしかに,企業横断的労働市場の形成を通じて「企業社会」がもたらしている様々な弊害をなくしていくことは,重要な政策課題である。しかし,それ以上に重要なのは,そもそも企業間を「横断」しなくても済むような,良質な雇用の場をこの社会のなかに増やしていくことだと筆者は考えている。

JCの意義とは,狭義のJCが企業横断的な労働市場を形成するツールになるということよりも,広義の(OJTを含む企業の教育訓練を支援する)JCが良心的な中小企業の経営を支える,ということにある。

JCは「社内教育訓練費用を国に肩代わりさせており,制度の趣旨に反する」という事業仕分けの批判を逆手にとって言うなら,むしろ制度の趣旨を今一度検討すべきではないか。JCは,良質な――労働者を単なる「人手」と捉えるのではなく,長い目で育てていこうという気概のある――中小企業の支えになりうるという点で,評価すべき制度である。人材育成をきちんと行う中小企業が増えることこそが,時間はかかるにせよ,労働市場で不利な人びとの,安定的な雇用への移行を促すはずである。