リチャード・ウィルキンソン,ケイト・ピケット著『平等社会―経済成長に代わる、次の目標』(2009=2010年)

平等社会

平等社会

人は格差社会で満たされるのか?健康問題や社会問題の大半は、格差が大きい社会で、より深刻だ。
充実した生活は、格差の小さい、より平等な社会から生まれる。

日本語版への序文
第1部 豊かになったが、社会はめちゃくちゃ
第1章 時代の終焉
第2章 問題は貧困かそれとも不平等か?
第3章 格差に苦しむのはなぜ?

第2部 格差のコスト
第4章 コミュニティ・ライフと社会的関係
第5章 精神衛生と薬物濫用
第6章 肉体的健康と平均余命
第7章 肥満―収入格差が広がるほど胴回りも広がる
第8章 学業成績
第9章 10代の出産―繰り返される愛情喪失
第10章 暴力―なめられないために
第11章 収監と刑罰
第12章 社会移動―不平等な機会

第3部 より良い社会
第13章 機能障害を起こした社会
第14章 社会的遺産
第15章 平等性と持続可能性
第16章 未来の建設

本書は、この目次にあるような様々な社会問題―社会関係、精神衛生、健康、肥満、教育、暴力など―が、社会の所得格差と関連していることを、豊富なデータや研究成果の紹介によって、示すものである。
所得格差の大きい国では、人々の信頼が低く、精神疾患罹患率が高く、肥満の人が多く、社会移動の程度が小さく・・・などの傾向にある。つまり、さまざまな場面において、「社会全体が蝕まれて」いるのだ。
筆者らは、「本書の目的は、平等性の拡大こそより良い社会関係を築く礎であることを指摘することである。」(p.304)と述べる。
本の最後には、所得格差の縮小を目指すために、さまざまな提案がなされている。
この本は、一般向けに、平易な言葉で書かれており、読みやすい。所得格差とそれに関連する様々な問題の見取り図を得るためには、よい本だと思う。

対象となっているのは、いわゆる先進諸国、豊かな国である。アジアでは、日本だけが取り上げられていることが多い。ただ、この本では、日本は、「所得格差が小さく、様々な社会問題についても良好なパフォーマンスを保っている国」として位置づけられている。
しかし、近年の様々な研究が示すとおり、また筆者らも「日本語版への序文」で指摘しているように、この日本の位置づけには、少し疑問が残る。
OECDの最近のデータでは、日本社会の所得格差の水準が高く、また格差も拡大傾向であることが示されているからである。

ただ、この本での日本の位置づけにも、納得のできるところがある。
筆者らは、所得格差の大きさが様々な社会問題をもたらすということを説明する際に、格差が個人の心理的側面―不安、自尊心、ストレスなど―に与える影響を重視している。だとすれば、所得格差の大きさそのものよりも、格差が大きいと人々に考えられているか、ということが重要であると思えるからである。
日本は、「平等な社会」と思われていることが多い。そういう社会認識が、影響していると考えられる。

もう一つは、所得格差が社会の諸問題に与える影響の、タイムラグである。
ある社会で格差が拡大した、ということは、その格差拡大の局面ではなく、格差拡大が起こった後に、人々に認識されるものである。
日本社会の格差拡大傾向は、近年になって指摘されるようになった。そうすれば、様々な社会問題は、今後、まさに現れてくる可能性があるからである。

この本のメッセージは明確である。

かつて、格差をめぐる議論がもっぱら貧しい人々の窮状や公正とは何かという問題に終始していた頃は、豊かな人々は頑なに現状を維持しようとするのがおちだった。だが、格差が実にさまざまな物事に影響し、社会全体を蝕むとわかった今では事情が違う。社会変革のためには、すべての人々にこの考えを共有させる必要がある。平等性の拡大とは、社会の構成員すべてにとって暮らしの質を改善し、持続可能な経済成長を実現することなのだ。(p.267)

この本を手がかりに、日本社会の格差拡大の諸相、そして社会関係、コミュニティ、健康、教育、さまざまな問題について、考えていきたいと思う。